ごんぎつねなくして国語なし!!
…とは言い過ぎかもしれませんが、ごんぎつねはそれぐらい誰にとっても印象深い作品であり、ずっと読まれている物語ですね!
しかしそのごんぎつね、最近では読解力不足で登場人物の気持ちや状況判断ができてない子どもが多くいるという記事が、ニュースになっていました💦

ワタシは上の画像でも言ってるように、大人が期待してる答えを出せないのは、ただ単に読解力がないのではなくて、子どもの中に広い知識がないのも原因の一つじゃないかと思ってるんです。
そして、知らないならいろんな知識に触れてみないことには読解ができない💦
だって書かれてる文章をどう定義したらいいのか概念が育ってないんですから!
このまま放置すれば、どんどん難しくなっていく文章問題についていけなくなって、基礎学力にもガクッと影響が出ますよね!
ごんぎつねは、今も小学校では教科書に載ってる学びの多い作品。
この作品をもとに様々な角度から物語を読み込む面白さを体験してみましょうっ!
今回は、「漫画アニメの考察、読むのもするのも大好物!」なオタク歴30年のワタシが熱く読み解いてみました✨
ごんぎつねの考察をもとにした、我が子の読解力を伸ばすための関わりや、道徳心を育むやりとりも記したのでぜひ読んでいってくださいね😊
↓ワタシの主な考察はこちらです
- 因果応報
- 怒りに任せて行動することの怖さ
- 原因と感情の区別
ごんぎつねから読み取れるメッセージ性を理解して、子どもの読解力向上や、道徳心を育むのに役立ててみましょう!
オタク主婦が絶対的に薦める、勉強に役立つアニメの紹介はこちら↓

ごんぎつねのお話
ごんぎつねのお話、あらすじはこちらからどうぞ↓
このお話が教科書で取り上げらるのは、ズバリ「因果応報」を説きたいから。
悪いことをすれば自分の身にも返ってくる。
イタズラ心でやったことも、取り返しのつかないこともある。
そして悪いことをすると、必ず自分にもその行いが返ってくる。そう教えたいんですね。
でもちょっと待って!!!
このお話から読み取れる細かなメッセージは、それだけでしょうか??
ごんぎつねに登場するキャラクターの背景
物語を深く考察するには、まず登場人物の理解が大切です✨
どんなキャラクターで構成されているお話なのか、見てみましょう!
兵十とはどんな男だったのか
まずこのお話では、前提として兵十は”優しい男”でなければいけません。
そうじゃないと、ごんを撃った時兵十は
「よっっしゃ!ごんを倒してやったぜぇい!忌々しい小狐め!毛皮にでもして金にするかな!ひゃっほぉーーーい!!!」
という結末になってしまい、火縄銃をばたりと落とすこともなければ、後味の残る最後なんてあり得ません。
最後、途方もない後悔に襲われる兵十の姿が、罪と罰の悲しい連鎖を思わせて印象に残るんですね。
では実際兵十はどんな男だったんでしょう?。
- ボロボロの着物を着ている
- 病気の母と二人暮らしだった
- 病気の母が死ぬ前にうなぎを食べさせたかった
- 秋の日の水が冷たい時期でもうなぎを獲るために川へ入っていた
上記のポイントを見ても、貧乏な暮らしの中でも精一杯母を大事にしようとする、やはり兵十は優しい男だったことが分かりますね。
兵十は、もしごんが栗を届けてくれていたと知ったなら、絶対に撃つことは無かったはずです💦
そして、ごんを撃った後火縄銃をばたりと落とし、大きな後悔に飲み込まれる様子からも、できるなら許したかったと後で思ったでしょう。
ではごんはどんな狐だったのか
一方ごんは、本当に意地の悪い狐だったのでしょうか?
- ごんは家族のいない孤独な狐だった
- イタズラをして回っていた
- 兵十のお母さんが死んだのを知って「兵十は最後にうなぎを食べさせたかったんだ」と想像できるぐらい人の気持ちを推し計れる
- 後悔を行動で返そうとする
- 栗を届けていることを兵十が「神様のおかげ」と思っていることにはつまらない気持ちになる
上記のポイントを見ると、ごんがどんな狐か分かりますよね。
そう。
「寂しくて甘えたい盛りの優しいイタズラ坊や」。
家族がいない寂しさを、誰かにイタズラすることによって紛らしたり、構ってもらえるのが嬉しい、そんな子です。
根っからの悪い狐ではないんですよね。
そうは言っても村の人たちにとっては、貴重な作物を荒らされたらたまったもんじゃありません💦
いき過ぎたイタズラは、相手を追い詰めることがあります。
なのでやはり、罪は罪です。
●イタズラを後悔して行動で償えるごん●
でも、ごんは自分で気づくことができました。
「兵十がお母さんに最後食べさせたかったウナギを、自分が逃してしまったんだ」という自分の罪の大きさに。
そして、自分と同じ一人ぼっちになってしまった兵十に対して、「おれと同じ一人ぼっちか」と、兵十を気にかけます。
寂しい思いが分かるだけに、兵十を励ましたい思いがありました。
もし許してもらえたら、友達になれるかもしれないとも、思っていたかもしれません…
それからは、栗や松茸を毎日兵十の家へ届けます。
- 許してほしい
- 兵十も寂しいだろうな
- おれも同じ一人ぼっちだから一緒にがんばろうぜ
こんな思いが垣間見える行動です。
子供ながらに、とても後悔しています。
ごんぎつねの教訓とは
そしてクライマックスです。
ごんを見つけた兵十は、ごんを撃ちます。
お母さんに親孝行できなかった、そんな悔しい思いがそうさせてしまいました…
優しい男だっただけに、ごんが憎くて憎くて堪らなかったんだと思います。
村でもたくさんの被害が出ているので、それを食い止めようとした正義感もあったかもしれません。
撃たれたごん。
傍らに転がる栗。
それを見た瞬間の兵十の気持ちは、頭が真っ白…。
「ごん、お前だったのかいつも栗をくれたのは」
と意識が遠のくごんに訊ねずにはいられなかった兵十。
ごんはぐったりと目をつぶったまま頷きました。
兵十とごんの罪とつぐない
真実を知った瞬間、兵十はカルマを背負うことになります。
ごんも、兵十の大事なウナギを逃したことによってカルマを背負いましたが、兵十もこの瞬間に背負ったのです。
要するに、“許してもらう立場”が逆転したんですね。
ごんは、栗を届けていたのが自分だと知ってもらうことで、(自分で命を差し出したわけでもなく、死ぬことを良しとしていなかったとはいえ)自分の罪を肩からおろしました。
ですが、兵十はごんを撃ち殺すことで、もう誰からも許してもらうことのできないカルマを背負ってしまったのでした。
「知らなかったんだから憎い狐を撃つことは仕方ない」と言えるでしょうか。
結末から教訓になる怒りに任せた行動の怖さ
自分の怒りに任せて誰かに罰を与えることは、簡単かもしれません。
ですが、世の中それが当然のルールであったなら、世界はメチャクチャですよね。
自分の手で一人一人が罰を下すことのできる世界…考えただけで怖い。
だからと言って、憎しみや喪失感は本人にしか分かりません。
周りからサポートしても、限界があります。
なぜなら仲の良い友人がいても、栗や松茸が神様から届くようになっても、(兵十はそう思っていた)ごんの姿を見ただけでなんの迷いもなく撃てるぐらい、彼の中には怒りが凝り固まっていたんですから。
ごんぎつねから考える原因と感情の区別
では、ごんは打たれて当然なのか?
それはノーです。
お母さんは確かに死んでしまいましたが、ごんが殺したわけではないからです。
最後にウナギを食べさせることができなかったとしても、お母さんが死んだ原因は病気です。
イタズラは行き過ぎていたかもしれませんが、簡単に命を奪われて良いような罪だとは思えません。
もし、威嚇のために兵十がごんのそばに弾を掠らせて、追い払っていたら…
そうしたら事実も知って、ごんも素直に謝ることができて、友達になれたかもしれませんよね。
ごんぎつねと我が家の小学生の教訓
ゾゾ(当時年長息子)がLEGOを並べてドミノ倒しを作っている時のこと。
ゾゾがドミノを並べてた場所は人が通る場所だったので、モチ(当時小3娘)は倒さないようにピョンと飛び越えたんですね。
そしたら、たまたま着地した場所にあったヨガマットがズレて、逆にドミノを一気に倒しちゃいました💦
泣き叫んで怒り狂うゾゾ。
モチは何度も謝って「一緒にまた作るから」と言うけど、ゾゾは絶対に許さないとばかりに暴言吐きまくり。
- 相手は悪意を持ってしたことではなく、謝罪の気持ちも表しているのに許さない→怒りに任せた行動
- そもそも本人も人が通りにくい場所に並べていたのが原因でもあるけど、怒りすぎて相手が全て悪いと思い込んでいる→原因と感情の区別ができていない
今回のエピソードは、ごんぎつねとこのように関連づけられます。
もちろんごんぎつねで、兵十はごんが栗を届けていることは知らないので、ぴったり当てはまる内容ではないんですが、相手のことが見えずに怒りに任せて行動しているという点では同じです。
ちなみに、子供が強い完璧主義で、自分も他人もミスを許せない場合はこちらの記事を参考にしてみてください↓

怒りに任せた行動への親の対応
「モチの気持ちも全く考えもせず怒るだけでは、相手に何も伝わらないよ。モチにどうしてほしいの?」
と聞いて、まず考えさせました。
- どれだけ悲しかったか理解してほしい
- また1からやり直しできないから手伝ってほしい
- どうしたら同じことが起きないか、考えを共有したい
ゾゾの気持ちは大体このような感じ。
悲しかった気持ちは十分もう伝わってるし、やり直しはモチも手伝うよって言ってくれてます。
同じことが起きないようにするには、人が通りやすいところに並べないことと、声を掛け合うことがいいんじゃないかという話ができました。
こうやって一つ一つフィードバックしていくことで、怒りに任せず相手にどうしてほしいのかを伝えられるようになります。
原因と感情の区別をつけさせるための親の対応
ゾゾには原因と感情の区別についても説明します。
まずは
「たくさん並べてたから倒れちゃったのが悲しかったんだね。分かるよ」
と言って気持ちを受け入れてあげます。そして
「モチは最初避けようと思ったんだけど、うまくできなくて倒しちゃったんだよ。わざとじゃないし、家族みんなが通るところに並べているのも、倒されやすい原因になっちゃうよね」
と、わかりやすく説明してあげましょう。
子どもの行動に注意をするときのポイントはこちらに詳しく書いてますよ↓

「今回のことはモチだけが悪いわけじゃないから、ちゃんと許してあげよう」
こう言って、原因と感情を分けて考えることで、相手に対する怒りを和らげ、状況を理解できるようになります。
ごんぎつねの教訓が、実際の生活を振り返るきっかけになってくれました😊
親子で一緒に読んで、さらに理解を深めてみるのもいいですよね✨
ごんぎつねの教訓をもとに道徳心を育もう
最後、ごんを殺してしまったことによって、”許してほしい”という後悔がずっとつきまとう兵十の今後を思うと、やりきれない気持ちになりますよね。
もしかしたら、今度は山の狐や動物たちに、兵十が食べ物を毎日届けるようになるでしょうか。
それとも、ずっと後悔に苛まれて暮らすでしょうか。
もしかしたら、自然と忘れていくかもしれません。
兵十の書かれていないその後、あなたも想像してみませんか?
読書感想文にもぴったりの、奥の深い内容ですよね。
お子さんとぜひ自分がごんだったなら、自分が兵十だったならどうするか、話し合ってみてください。
ちなみにうちのゾゾは、ワタシがこの考察を熱く語っている横で、ごんのことを思って泣いてました💦
親子で一つの物語を深く掘り下げてみるのも、とてもいいコミュニケーションですね。
また別の作品でもやってみたいと思います😊

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